プロフィール・講演・執筆

来日中のベンチュラ知事と第3党

1999年11月7日

 今、ミネソタ州ジェシー・ベンチュラ知事が来日している。いい機会なので、この超ユニークな政治家と彼が所属する米国第3の政党について話したい。

 ベンチュラ知事は以前はプロレスラーだったスキンヘッドの大男。『ザ・ボディー』のリングネームで、勝つためなら反則技をいとわない悪役として11年間活躍した。悪役ではあったが、とても正直な人で、その正直さが、選挙でも受けたのか、今からちょうど1年前のミネソタ州知事選挙で大番狂わせの当選を果たした。ちなみに、ミネソタ州とはアメリカの真ん中を南北に流れるミシシッピ川の上流にある州で、北隣はカナダに接し、五大湖の西に位置する。本州とほぼ同じ面積に、人口460万人がゆったりと暮らしている。

 さて、このベンチュラ知事、選挙の際は元副大統領の息子(ハンフリー:民主党)vs州都セントポール市長(コールマン:共和党) という大物同士の一騎打ちの中で、泡沫候補と当初は相手にもされていなかった。具体的公約も「増税はしない」「教師一人当たりの児童・生徒数を減らす」など特に画期的なものは無し。それが「できないことは約束しない」「知らないことは知らない」とただ本音を言ってるうちにジワジワ支持が広がり、ついに本番で大逆転。当選した際には、あり得ない事が起きた、と他州でも大いに話題になり、CNNテレビなどは「今回の中間選挙で最も奇妙な結果」と言った。

 なぜ当選できたのか、というと、素人っぽさが「大受け」したり「無反応」になったりの、寄せては返す波(日本と同じ!)の中でかなり大きな波が来た、という感じだ。金をかけずに広く呼びかけられる手段=インターネットの活用が上手で、キャンペーン中、彼自身が呼びかける文書には、寄付金の送り方から税控除の手続きまで懇切丁寧に書いた上で、「次の知事・あなたのジェシー・ベンチュラ」。基本的には地道な手作り選挙だけで戦っており、Tシャツを売って選挙資金を集めていた。ぼろいジーパン姿で運動し、どの候補も金をかけて実施する世論調査は一度もやらなかった。そういったスタイルがかえって新鮮で、普段政治にうんざりしている人たちをドッと投票所に運んだのだろう。ミネソタの投票率は、同日に行われた全米の知事選で最も高い61%だった。

 とはいえ、ベンチュラ知事はなかなかの多彩な経歴の持ち主。プロレスラーになる以前は海軍特殊部隊員としてベトナムも経験。プロレス引退後は、映画俳優としてアーノルド・シュワルツェネッガー(就任式にも来てた)と共演したり、ラジオのトークショー・ホストをしたりもした。話術はそこで手に入れたのだろうか?地方市長を4年(91~95)務め、犯罪率を低下させた実績もある。こういった経歴が選挙に影響していることも間違いない。

 知事に当選したものの、その先も大変だった。よりによって、新知事を迎えたミネソタ州議会は、上院が民主党、下院は共和党が多数を占める複雑な状況で議会運営が難しい。おまけに、こういう時に頼りになる自党(改革党)の議員は見事に一人もいない。型破りな言動を取っていた市民派候補が、当選して難しい議会運営に直面したとたん急に元気をなくしてありふれた政治家になってしまう、というのは東京あたりでもあったようなパターンだが、ベンチュラはこの困難の中でも見事なほどスタイルを変えなかった。おかげで世論調査でこの7月、支持率は72%と州史上最高に。知事選での得票率が37%だったから、選挙後さらに支持を伸ばしたわけだ。

 しかし、最近は「変わらなすぎ」感も出てきている。この8月にはレフェリーとしてプロレス・リングに上がった。「知事の品位を落とす」という批判にも、「知事は楽しむことができないというルールはない」「レスラーだったことは誇りであり、ここにいることを誇りに思っている」といたってマイペース。その程度の遊び心ならよかったが、正直を通り越した単なる言いたい放題の失言などが相次ぎはじめ、今、けっこうピンチに陥っている。特にダメージが大きかったのが、先月初めの「プレイボーイ」のインタビュー記事。宗教活動は「まやかしで、心の弱い人の支え」、売春や海軍内のセクハラを容認、「ブラジャーになりたい」などと発言し問題に。それでも本人は「私は正直者。発言と知事の仕事は無関係。仕事で評価してほしい」と強気だった。しかし、この後行われた州都ミネアポリスの地元紙スター・トリビューンの世論調査で、支持率がいきなり54%に20ポイント近く急落。さすがの悪役『ボディ』も懲りて、先月18日発売のニューズウィークで、「これから個人的な意見は一切述べない」と沈黙宣言。今ちょっぴりおとなしくなって、日本にやって来たところ。

 日本はミネソタ州にとって第二の貿易相手国(1位はもちろん隣接するカナダ)なので、さらに日本との貿易・経済関係を強めるため、いわば州のセールスマン役として今回は来日した。具体的には、農産物(豚肉・豆など)の売り込みや観光客の誘致など。州都ミネアポリスはノースウェスト航空の拠点都市で、当然今回もノースで成田に飛んで来たが、その機内誌の日本語版ではしっかりと表紙で微笑み、ロング・インタビューに応じて来日を日本人に宣伝してる。でもよく読むと、この特集記事の中でも「なぜ最初の訪問地に日本を選んだのか」という質問に「日本人は****だから」なんて答えてる。どうしても、優等生的発言だけでは我慢できない性格らしい。

 ベンチュラは強烈すぎて、すぐキャラクターの話になってしまうが、彼の所属が「改革党」である、というのも大切なポイントだ。アメリカは、民主党vs共和党の二大政党制でガッチリ固まっている国で、50州の知事でも、ベンチュラ以外で二大政党に属さないのはメーン州のキング知事だけ。どっちかに属していなきゃ殆ど勝てっこないのが常識で、この壁を破って見せたのは凄いことだ。

 改革党とは、大富豪ロス・ぺローが作った党だ。彼は92年の大統領選挙で第3の候補として19%も得票して大きな話題になった。「とにかく二大政党制その物が問題。選択肢が少なすぎる」という主張が共感を呼んでブームになったが、その次の96年選挙では8%に沈没。まさに寄せては返す波の「引き」の時期に当たってしまい、このまま党も尻すぼみか、と思われたところで、また寄せ波に乗って(or起こして)ベンチュラ知事が誕生した、というわけ。さらに、前回の大統領予備選で共和党内に旋風を起こしたブキャナン氏が最近
改革党に鞍替え、ニューヨーカーなら誰でも知っている有名なトランプ・タワーの不動産王ドナルド・トランプ氏も共和党から改革党に移籍し、どちらも来年の大統領選を目指すという展開になりつつある。ベンチュラ知事も本人は否定するが大統領選出馬説がくすぶり続けており、生みの親ぺロー氏もまだまだ意気軒昂で…とだいぶ賑やかになってきた。
  アメリカの二大政党制、個性多様な国なのに何故たった2つの選択肢で足りているのか、と下村も不思議だった。制度的にも二重三重のハードルで第3の党は芽を出しにくいように出来ている。例えば、小選挙区制、選挙資金制度も二大党に有利、さらには候補者リストに載せてもらうことさえも、小党では制約がある(州により違うが、民主党・共和党より多数の有権者の推薦署名が必要とされる)。

しかし、実際議会を見ていると、厳密に二者択一を求められてない。採決の時、日本だと同じ党内で賛否が割れているとすぐ「政党の体をなしていない」などとマスコミに批判されるが、アメリカでは「この法案に賛成は民主○人・共和○人、反対は民主○人・共和○人…」とごく当然のように報じられる。同じ党なら全ての案件への賛否の考え方を仲良く揃えましょう、という馬鹿げた縛りが無い。個々の議員の自由度が大きいのだ。

 そんなわけで、今までは何とか2党で足りて来たが、常に第3の党を望む声があるのも事実。実際、改革党以外にも、幾つもの小党が細々と活動はしている。今、大物が相次いで改革党から出馬しようとしているこの状況は、今までの寄せては返す波の一つにすぎないのか、今度こそ本当に社会の空気が変わろうとしている兆しなのか。――今後数ヶ月、予備選ヤマ場にむけてじっくりと見ていこう。