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嵐過ぎ…何だったの?シアトル騒乱

1999年12月12日

WTOの会議に反対した人々の抗議行動で、シアトルは非常事態宣言や夜間外出禁止令まで出る騒ぎになったが、米国では、今回の報道ぶりに、「結局、何についてあんなに人々が激しい抗議をしていたのか、わからなかった」とずいぶん不満の声がある。

騒ぎが起きてからだけでなく、事前報道も非常に少なかった。去年のWTOジュネーブ会議の時も、数千人の抗議行動があって数十人逮捕され、今年6月にはロンドンでも暴力行為を含む抗議行動があった。今回も、あれだけ多くの人が急に集まるわけがなく、インターネットなどを通じて膨大な呼びかけや具体的な準備活動があったのに、まるで突発事件の感があった。これは《外国ネタが少ない日本メディア》の問題ではなく、《市民ネタが少ない大企業メディア》の問題である。

シアトルから各地へ引き揚げていった何万人もの反対運動の人たちは、この現象面だけの報道に不満で、今もインターネットで熱心に論じている。WTO会議本体の決裂という事態を受けて、問題点を整理し、次の作戦を検討している。大手報道では火山活動が収まったみたいだが、実は、マグマは火口の地下で依然活発な状態になっているのだ。

彼らが反対していることを約言すれば、WTO=世界貿易機関は大きな流れとして「貿易のグローバル化促進を図っている」ということだ。外国から来た物を使って生活する以上、今や殆どの活動が「貿易」と無縁ではなく、そのグローバル・ルールを作っていくということは、世界中に大きな影響を与える「世界政府」じゃないか、という見方もある。多国籍企業にとっては最も有り難い守護神だが、当然、様々な個別の事情とぶつかる。それら個別事情を大切にしたい者たちが、各分野からWTOに参集した。WTOが網を掛けようとしてる領域が広い分、反対者も必然的に多くなる。

グローバル化とぶつかる個別事情を、反対者が今回主張していた声から拾うと…

* 例えば各国が持つ、環境・労働基準・公衆衛生・消費者保護などの規則がある。WTOの主な役割の一つは、貿易上の非関税障壁撤廃なので、貿易促進の立場から見ればこうしたルールも「障壁」だ。そうなると、これらの「調和」を図るべく、最大限の保護効果を上げている加盟国の法律が、最も自由な=保護力最低ラインの国の水準に引き下げられる恐れがある。(悪しき過保護の撤廃は良いにしても。)自給自足でうまくいってる農村に、多国籍企業が「WTO」の旗を掲げて入って来て、新しい市場のルールがあてがわれ、自給も出来なくなってしまう、という懸念がある。
* ある産品の輸入を衛生上の問題や環境破壊の危険があるとして拒むなら、売る側が無害性を示すのではなく、拒む側が有害性の科学的根拠提出を求められる。 これは、市民運動のみならず、加盟国間の根本的な対立の一つだ。例えば、成長ホルモン漬け牛肉、遺伝子組換え作物に慎重でありたい社会への輸出攻勢などが、これに当たる。
* 外国産品に対する差別の禁止原則(自国産品同様に扱え)…というと聞こえは良いが、「我が社会の尺度では許されない人権無視の生産方法だ」と考えてある産品の輸入を拒否しても、制裁されてしまう可能性もある。
* 「農産物の自由な輸出入」で食糧危機国から穀物が、「林産物の自由な輸出入」で森林破壊国から丸太が、歯止め無く流出する。
* 絶滅危険種や有害廃棄物の取引は防げるか?
* 武器貿易に歯止めがかけにくくならないか?


-といったことが挙げられる。というわけで、普段は別々の環境運動、労働運動、農業団体、人権保護団体、反戦平和運動などが、一堂に結集した。要求レベルは様々だが、最低ラインは「決定に待ったを掛ける事」。今回の結末は、その意味では「目的達成」とも言えるわけだ。決裂に終わった後、会議本体参加者からは「外の反対運動にやられた」という声もあった。

NGOの市民グループは、断固阻止のデモや座り込みだけでなく、話し合いを尊重しつつ、本会議と並行したティーチ・イン等も随分開いていた。派手ではないため、報道されなかっただけだ。シアトル市の歓迎組織の一員になって、WTO内部からの改革に期待した反対派もいた。そういう静かな反対グループは、「この騒乱を本当に悲しんでいた」と、地元紙は伝えていた。

実際、デモ参加者は、そのデモの主催者側から事前に厳しい注意を受けていた。人への暴力や物への危害を加えるべからず、麻薬やアルコールを服用すべからず、いつもグループ単位で行動し、検挙や挑発を受けた場合の責任者を決めておくべし。訊問された場合に備え、弁護士団も待機、などなど。それでも、一部の便乗組が一線を越えたのだ。催涙ガスに逃げまどう群衆という映像になると、全員が暴徒に見えてしまう…。

しかし、今の時代に自由化に反対するのも、大きな流れに逆行してる印象も受ける。WTO体制を支持する人たちは、当然これら運動側の主張に対し、「国際社会を、大恐慌直後の30年代や世界大戦時代に引き戻そうとしてる」と非難した。これに対し反対派は、「行き過ぎた自由主義は、自由を抹殺する。」、「経済は、市民と自然環境に奉仕すべき。その逆では無く。」、「大勢反対派が集まったのが驚きなのではなく、もっと大勢が問題を感じてないことこそ驚きだ」と訴える。「舗装した直線道路を快走するのがいいのか、くねくねデコボコ道を楽しむのか」という、21世紀の世界のあり方への根本的な問いかけとも言える。

さて、米国でも「何に抗議してるのか報じられてない」と初めに言ったが、実は、そういう部分を詳しく伝えたメディアもあった。大手報道機関に属さない伝え手のために設置された『独立メディア・センター』が、24台の寄付されたコンピューターと無償労働で、インターネットの『フリースピーチTV』を通じ、丹念に反対陣営の主張を配信していたのである。これは、非常に注目すべき動きだ。

もともと各地からこれだけ多様な人が集まったのも、インターネットの力。WTOが目指す「グローバル化」は、経済の分野だけでなく、色々なテーマに関心を持った市民の間でもネットワーキングという形で進行しているのだ。シアトルまで身体を運んだのは、そのネットワークで結ばれた人々の、ごくごく一部だろう。

※文中の情報は、全て執筆時点(冒頭記載)のものです。