プロフィール・講演・執筆
今までやってきた仕事
放送という語は“送りっ放し”と書くなどと言われる。
たしかに、自分が関わった映像を全てビデオ保存しておくことは、殆ど不可能だ。ならばせめて、要旨だけでも文字にして残す努力を、電波メディア人はすべきだと思う。
・ オンエアしたらサヨナラ、その無責任体質と決別し、後日の批判の目にも晒す為に。
・ 取材を申し込まれた人が、その記者の過去の仕事の傾向を事前チェックできる為に。
・ 時々、その記述をアップデートして、「最新の話ばかり追う」習性から脱却する為に。
…とは言うものの、これは大変な作業!ひとまず当座は俯瞰だけ出来るようにしておいて、個々の中身は、いつの日か、時間を見つけて少しずつ書き込んでゆきたい。(遠い夢…)
テレポート6
TBS入社1~4年目までの、主な出演番組。企画モノの制作ディレクター兼リポーター。何でも自分の好きなテーマを提案すれば作らせてもらえた「古き良き時代」で、したがってこの時期の担当テーマの一覧を眺めれば、下村のネタ選びの傾向が読み取れる。
ビッグモーニング
90年10月スタートの、朝の情報ワイド番組で、事件現場リポート等を担当。報道局だったら到底まだオンエアに踏み切れないような、いわゆる“疑惑”段階の話でも、ドンドン放送してしまうワイドショーの際どさに戸惑いながら、「報道被害とは何か」「取材対象者の人権をどう守るか」という問題を日々、否応なく現場で突きつけられ、ハード・トレーニングさせられた。特に悩みながら取り組んだのは、トリカブト事件と統一教会問題。
スペースJ
「民放テレビ局史上初の、ゴールデンタイムのレギュラー報道番組」という触れ込みで、93年10月スタート。サブ・キャスター兼リポーターという役回りで、当時人気絶頂の『とんねるずの生でダラダラいかせて』の裏番組という熾烈な視聴率競争の渦中に放り込まれる。地道なチーム取材で良質のリポートを出す好番組と自負していたが、オウム報道で異様に高い視聴率を取るようになったことが、結局「既存メディアを去る」決断の引き金となった。
ニューヨーク特派員報告
TBS社員として最後のお勤め、と腹を決めて、NY支局をベースに、米国・カナダ・キューバ・コロンビア・ペルーなどを駆け巡る。国連関係&株式・為替市場リポートという、NY特派員に課せられた2大基礎取材は最後まで好きになれず、自分は記者不適格だとつくづく思う。社会現象の企画リポート制作にばかり熱心な、不良記者のまま任期を終えた。
ネクスト・ステージ
帰国後1年4ヶ月間担当した、2時間ナマ放送の経済番組(BSジャパン)のキャスター。「TBS時代と同じような仕事はもうしない」という“人生方針”から、「既存の地上波TV局には出来ない、BSならではの表現とは何か?」を探る実験の場として取り組んだのだが…。結局、その線で実現できたのは、「人の発言を秒刻みで寸断しない」という司会の作法ぐらいか。毎週、己の革新性の無さを悔しがってばかりの、69週だった。
TBSテレビ『筑紫哲也NEWS23』内「それから七十五日」
(リポーター)
"人の噂も七十五日"。噂に上らなくなる(=人々が忘れる)タイミングである75日前のニュースから題材を掘り起こし、その後どうなったかをお伝えしたコーナー。「当時のメディアのトーンはこうだったけど、実は…」といったように、最高に鮮度の高いメディア・リテラシー教材にもなれば、と目論んだ。 【放送:不定期(月1~2回程度)】
TBSテレビ『みのもんたのサタデーずばッと』内
「ずばッとリポート」(取材キャスター)
週末土曜の朝に、その1週間の報道で《見えなかったもの》にスポットを当てるコーナーを担当。ライフワークを企画化した下村提案のコーナー「私がずばッと」は、ついにオンエアが実現せぬまま、残念ながら幻に終わった。【放送:毎週土曜】
ティーンズ・ダイヤル
全国のティーンズ(10代)同士が、深夜の生電話激論!いわば、『朝まで生テレビ』の若者版・ラジオ版。討論テーマも 、10代のリスナーからのリクエストで決定し、20代(当時)の若い下村が、台本なしの進行役を務めるという、スリリングな週1放送だった。ライターの北村年子さん・伊藤悟さんという強力なアドバイザーを得て、私にとっては『100円ダイヤル』と並ぶ、TBS時代の宝物だ。聴取率は低かったけれど、今でも時々、「毎週熱心に聴いてました」と言われることがある。きっと、、リスナーにとっても、印象深い番組だったのだろう。「あの時、電話で参加してくれたアイツは、今頃どうしてるかな…」などと、ふと思ったりする。
ビッグアップルリポート
ニューヨーク特派員任期終了でTBSを退社した後、日本に帰国するまでの17ヶ月、毎週末の朝(のちの『眼のツケドコロ』の枠で) 、大手ニュースが伝えない米国社会の話を拾っては喋っていた。社員を辞めて、テーマ選択の自由を得て初めて、「今までの自分は、なんと狭い範囲からしかモノを伝えられていなかったんだろう!」と実感し、愕然とする思いだった。
ビッグアップルリポート一覧
TBSラジオ『中村尚登ニュースプラザ』内
「下村健一の眼のツケドコロ」(ナビゲーター)
既存の大手メディアが顧みないテーマ・選ばない視点にこだわって、毎週お伝えし ている。私の関心事を喋るので、"市民メディア"系の話が、自ずと多くなる。
下村健一の眼のツケドコロ
オウム事件取材日記(ザ・テレビジョン)
「オウムについて」ではなく、「報道について」の記録。それも、地下鉄サリン事件直後の強制捜査をきっかけに突入したあの大々的なオウム報道合戦ではなく、それが始まる前日までの『スペースJ』チームの潜行取材の軌跡を詳細に再現した。見え隠れする<<教団とサリンの接点>>と、<<少数者を異端視する報道にならない為の慎重さ>>との間で揺れ動いた日々。連載終了直後、単行本化する作業が9割まで進んでいたが、突然表面化した「坂本弁護士ビデオ問題」に端を発するTBSバッシングの余波で、角川書店が出版中止を決定。完成原稿は今も同社の倉庫で(?)眠っている
NYサイド・ストーリー(TV zaurus)
ニューヨーク特派員在任中、オンエアでのリポートに納まらなかったコボレ話を綴ったエッセイ。雑誌そのものが廃刊になったため、残念ながら短命に終わった。